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日本語がたどたどしい鍼灸師(パート2)

今日も、ご訪問いただき有難う御座います。
 
 昨日は実に天気も良く、昼間は上着の要らない一日でした。
今日も遊びに行きたくなるような、良い天気になりそうです。

 新しい鍼灸院へ昨日で3回目です。
前回は11()投稿の↓こちらです。
今日は鍼灸師の先生の生い立ちから今日までの苦労話し・・・・・なので適当にスルーされて下さい。
 
 昨日は午後2時の予約でしたが、早く着きすぎて待つのは覚悟していましたが、すぐさまOK。
こちらの鍼灸院は、カーテンで仕切られたベッドが4ツあります・・・・・1ツは空きで、他の2ベッドはそれぞれ専任の鍼灸師がおられます。
要は、各鍼灸師は「個人経営者」・・・・・自分のお客を他の鍼灸師に回すことはありません。
皆さんが各自鍼灸院のオーナー(鍼灸師ではない?)に家賃(使用料)を払うシステムのようです。
 
 ただ、昨日は私の先生お1人で、他のお二人はお休みなので気兼ねすることなく大きな声で話ができます。
前回まで、何かと先生は私の耳元で話されることが多かった理由が判りました()
 
昨日は他の鍼灸師さんがいないもので、先生もご自身のことを色々話して頂けました。
いや、私の好奇心以上に、先生の方から少し中国を理解している私に聞いて欲しい・・・・()
私も、昔の偽りのない「中国」が知りたい点はありましたから、2人の共通の話題となったのです。
 
 先生のお父さんは「華僑の台湾人」で、お母さんは日本人。
先生が6歳まで日本で生活をしておられたが、さすがに華僑人だけあって大変裕福なご家庭だったようです。
幼稚園に通うのも車で送り迎えの「超お坊ちゃま」だったのですよ !!
昭和27年の日本で、幼稚園に車で送迎なんて考えられませんからね。
 
 それが6歳の時に何で中国に渡ったのか?
先生曰く、「中国に騙された !!」。
中国から・・・・中国のスパイから?・・・・「強い中国国家を作るのを手伝って欲しい。2~3年したらまた日本に戻ってもいいから !!」とラブコールがあって、お父さんが決意して家族で大陸へ渡ったのです。
時のリーダーは毛沢東主席です。
 
 上海の元租界に住んで、一般の上海人より上の裕福な生活が保障されていたが日本での生活に比べると奈落の下に突き落とされたようなもの。
更に、2~3年過ぎても日本に帰国できると言う約束は反故にされ帰国が叶わなかった。
 
中国の一番の汚点である「文化大革命」では、それまで保障されていた一般人民より裕福な生活は取りあげられて一番苦労をされた時期でした。
毛沢東の死後、小平の時代になって9年後にして、やっと日本への帰国が認められたのです。
 
1987年帰国時先生は40歳・・・・既に中国人の女性と結婚されており当然お子さんもおられた。
既にお父さんは他界し、お母さんの強い希望で奥さんとお子さんも一緒に日本に無事帰国された訳です。
中国では漢方医としてそれなりの生活をされてきたが、日本に帰国当初はまたまた奈落の生活。
 
 日本に帰国して最初の苦労が「日本語」・・・・・お子さんが最初にマスター。
次は奥さん・・・・6歳まで日本で育った先生が一番遅かった()
奥さんはその後、経理関係の資格も取得し、定年まで会社勤めをされていたと言うから大変優秀なお方だったようです。
 
 今のお住まいは相模原市・・・・・そこから毎日通っておられる訳ですが、何と日に2往復?
お昼休みは態々奥さんの手料理を食べに、相模原まで片道55分かけて一旦帰られると言うから驚きです(昼休みは3時間)。
電車は使うものの、徒歩があるのが健康の秘訣と言っておられました。
それを30年近く続けておられると言うから、矢張りウォーキングは重要ですね !!
ちなみに奥さんの料理は今だ全て「中華料理」 !!
 
 昨日は、両腕の上がりが悪い(特に左手)その治療と、ここ2~3日悩まされた「便秘」対策もお願いしました()
先生曰く、「植物繊維を摂っていますか?」・・・・・・・アッ、そうそう家内が帰省している間は野菜の摂取が滞っていたのを痛感 !!
更に、家内は帰って来ても書法展に出展する書の方に時間を割かれて、家内も超手抜き料理。
家内の後ろから盗撮 !!
イメージ 1
(赤字は手本ではなく、同じく家内の書)
家内にしては珍しい、斯様にもミミズが這ったような字 !!
今回はこれが上手いとは全く思えず !!
お手本としている拓本とやらのコピーを見ると・・・・
成る程とは思うがこんなのが良いとは判らないものです。
一昨日の夕食は食品スーパーの2割引の寿司でしたし・・・・()

 今日は野菜を買ってこなくては・・・・・・セロリとサツマイモは必ず忘れずに(笑)。
そうそう、昨日の鍼灸治療をした夜のこと、何気に上に両手を上げると左手も右手も腕は少し肘の処で曲がってはいるが、ほぼ上の位置まで上がりました・・・・(笑)。
ただ、両腕が上がっても肘が曲がって二の腕は耳に接することは出来ませんが・・・本当に暫く振りのことです。
いつまでこれが続くかは別の問題・・・・、二日と持たないかも(爆)。
 
では今日も一日楽しく過しましょう !!
最後までご精読頂き感謝です。
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コメント

コメント(10)
No title
おはようございます やまちゃん

鍼灸院の先生、波乱万丈の人生を歩んでこられたんですね。
中国語に堪能なやまちゃんに少しでも聞いてほしかったんでしょう。
これからもっと深い話が聞けるかもしれませんね。
それにしても片道55分もかけてお昼に帰られる…すごい。
私だったら、デスクでひと眠りできる時間です。
一日を無駄に過ごされてないんだなぁ。

早速鍼の効果が出てきたようですね。
こんなに早く出るのなら、通い甲斐もあるというもの。
良いところが見つかりましたね。

ヤスミン

2016/11/13 08:25 URL 編集返信
No title
山崎豊子の大地の子を思い出しました。3刊を一昼夜読み通しました
涙でグシャグシャになりながら。放映もされましたが原作ほどの迫力は・・・・。
当時の中国は大変だったようで・・・。おめでとう手が上がったんですね。

嬉しいですよね。婆も少し上がったときは嬉しくって。。。

益々リハビリに力が入りました。 野菜は必ず食べてください

血流も良くなります。もちろん便秘解消。 さあ頑張って鍼灸院に

通ってください。

cosmos1019jp

2016/11/13 08:35 URL 編集返信
No title
おはようございます。

今迄では一番の効果でしょうか❓
大丈夫な日が 日ごとに長くなるのではと思いますが❓

先生のこれまでをお聞きしてびっくり\(◎o◎)/!
27年当時 まだ荷車が普通で しかも馬がの時代でしたって
ナッツのパパさんは 山育ちなので(≧▽≦)

ナッツのママ

2016/11/13 10:31 URL 編集返信
No title
色々ご苦労されたんですね。
でも、その話を聞いてくださる方が見つかって良かった
そのお陰で両手が上がる様になって来たんて

ユーチャン

2016/11/13 15:08 URL 編集返信
No title
♪ ヤスミンさま ♪

「ボンボンのままだったら、今頃ビルを幾つか私が引き継いでいたかも !!」と言っておられました(笑)。
私の中国語・・・・知っている単語の羅列のみ、当時でも堪能には程遠かった。
お昼休みの往復には参りました、私なら弁当食ったあとに施術ベッドで寝ているかも(笑)。
少し前まで服を着るのに、先に痛い方の腕を通さないとそれが逆になると服を着ることが出来ませんでしたが、痛い方が後になっても服を着ることが出来ます・・・・不思議なことです。
費用は高いが背に腹は代えられません。
コメント有難う御座いました。

やまちゃん

2016/11/13 20:42 URL 編集返信
No title
♪ cosmos1019jpささま ♪

今の中国と違って昔の中国・・・・・大変だったことが良く判ります。
私が中国滞在中、大都市以外の街に行ったらまだまだひと昔前の中国でしたからね。
一般人民が利用する食堂に入っても、店内を見ただけで食欲がガタ落でしたから(爆)。
今でもそんなお店は多いですが・・・・。
今までの経験からすると、一旦上がった手がそのままだと良いのですが、二日持てば良い方かも。
暫く通えば、自然と長く続くようになるのを祈るのみです。
矢張り野菜を食べないといけません(笑)。
コメント有難う御座いました。

やまちゃん

2016/11/13 20:43 URL 編集返信
No title
♪ ナッツのママさま ♪

前回の鍼灸院は5回通いましたが、毎回翌日には元に戻っていました。
今回は翌日の今日も続いています。
このまま日ごと長くなって永遠に・・・・・、気が遠くなるまで財布が続くか(爆)。
昭和27年・・・・・母の里に行くには駅から1里(約4キロ)歩きでしたが、野良仕事から帰る荷台を引いた牛車が通ると、母の実家の名前を言えば必ず遠回りになっても乗せてもらえました。
帰りは裸馬に1人で乗って駅までポックリ~ポックリ・・・・駅で知らない人にお願いして降ろしてもらい、馬のお尻を叩くと馬は勝手に帰っていく・・・・・そんな時代でしたね(やまちゃん小学校低学年)。
当時は車・電話なんて考えられない時代だしたからね。
コメント有難う御座いました。

やまちゃん

2016/11/13 20:43 URL 編集返信
No title
♪ ユーチャンさま ♪

超お坊ちゃま育ちが、実にすざましい苦労を強いられました。
中国滞在中、日本のことは絶対に話題にすることが出来なかった。
「日本が良かった !!」と、一度言っただけで大変な虐待から人によっては二度と会えなくなった人もいたと言いますから恐怖もあったようです。
そんな御苦労からすると腕の一本や二本・・・・・いえ矢張り治って欲しい(笑)。
コメント有難う御座いました。

やまちゃん

2016/11/13 20:44 URL 編集返信
No title
こんばんは。
やまちゃんの好奇心も、先生の語りたい心も、そして私の知りたがり病も満足でき良かったです。
それにしても「強い中国を作るのを手伝って欲しい」というのは具体的に何をすることだったんでしょう。新たな疑問です。スパイ活動なら日本にいるべきだし。
先生、相模原にお住まいでしたか。親近感わきますー。

inakanekonyan

2016/11/14 19:07 URL 編集返信
No title
♪ inakanekonyanさま ♪

お父様が手伝うこと・・・・「日本に住んでみたが資本主義は間違い、社会主義がいい !!」と言わせること。
お父様は華僑のバリバリの経営者としては苦痛だったでしょうね。
真反対のことをPRしないといけないとは・・・・・。
反対に「日本がいい !!」と言った仲間は、次々と拷問攻めにあい思想を改めない者は二度と会えなかったとのこと。
子供だった先生も、親から「決して日本が良かったとは言ってはならない !」と強く言い聞かされてそれを守ったとのこと。
この先生ご夫妻と、どこかですれ違っているかもしれませんね。
どこか痛みがでたら、こちらの先生の鍼灸治療を是非受けて下さい。
そしてそのまま先生のご夫妻とお友達になりましょう。
コメント有難う御座いました。

やまちゃん

2016/11/14 21:41 URL 編集返信
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