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喪中挨拶状

今日も、ご訪問いただき有難う御座います。
 
 今年も残念なことに「喪中はがき」が既に7通届いています。
もう届かなくていいから !!
両親さまやご兄弟さまのご逝去のお知らせが一番多いのですが、辛いのは長く連れ添ってきた連れあいさまのご逝去の知らせです。
 
 しかし一番残念なのは、連れ合いさまの方からご本人さま逝去のお知らせです。
中でも、私が故郷で入社して最初の上司の方の逝去の知らせはショックでした。

何かと目を掛けて頂きその方が課長時代でしたか、多少問題児の私を数いる先輩諸氏を差し置いて、一番重要な部署に引き抜いてくれたのです。
大変狭き門でしたが、先輩諸氏より先に重要な部署に移動となり一番驚いたのはこの私でした。
 
私の移動と同時にその方は部長に昇進されて、結果的には私の上司の課長の上の部長と言うことに・・・・・・・、その後は事業場のトップになられたお方でした。
ただ、この上司は大変厳しかった !!
兎に角、その事務所の中ではお昼休みを除いて、ピーンと張り詰めたものがありました。
軍隊までとはとても言えませんが、事務所の中は実に規律正しいものがありました。
朝の挨拶一つにも、電話一つにも、話し方にも厳しいものが、書類の捺印を頂くにしても実に厳しい()
当然、個々人の目標設定や成果の追及も。
全てを上手く表現できないのが残念です。
 
机の上でお茶を飲む人がいなかった・・・・・、お茶を飲むのは狭い給茶室です()
当然、その部長さんでさえお茶を飲むのは給茶室。
机の上は「仕事をする場所」・・・・・・その上司のモットーが行き届いていました。
なので、お茶をこぼして書類が台無しと言うトラブルもありません。
 
 何かことあればその上司宅には、主要な方々が集まっていたものです。
そんな集まりに皆さんとは歳がかけ離れた若い私に声が掛かり、よく呼んで頂きいつも目に掛けて頂きました。
今で言う処の勉強会?・・・・・お酒付きではありましたが()
その上司がその集まりの中でいつも言っていたのは、「ここの厳しさの中でやって行けたら、何処に行ってもやって行ける !!」がいつもの口癖でした。
 
 毎年の「自己申告書」には、おいそれと絶対に転勤では行けない東京本社の某部署を記入していました・・・・・それだと転勤になることはないと(爆)
で、その上司が如何様なる手を使ったのか、まだ能力のない私がその本社の部署に移動が決まったのです。
 
 送別会の折に頂いた言葉が、「お前ならやれる、ここの厳しさを忘れるな。同じ姿勢で同じ厳しい信念でやれば、また良い上司に巡り合える。」
当然それ以外のお話しもありましたが・・・()
私はその言葉を終生忘れることはなかった。
どこの部署に行っても、あれほどの厳しさはありませんからね()
しかし、それに甘んずることなく・・・・・時として甘んじてしまうことも多かったが()
 
 そのお方は退職後に故郷に帰られて、家を新築されて余生を送られていました。
毎年、賀状は絶やすことはありませんでしたが、私がリタイアした時に退職の挨拶状をその方だけにはがきではなく手紙でしたためました。
 
 東京に転勤した後の主な仕事、社内表彰を受けたこと等々、そして社内資格で貴方を超えたこと。
いかなる苦難に出会った時も、海外の苦しい仕事と生活が出来たのも、しかるべき役職までいけたのも、これ全てご指導頂いた教えや信念を忘れなかったお蔭ですと。
 
 挨拶状が届いたら、返信のお手紙があると思っていたら、何んと態々電話を頂きました。
私の手紙に感激されたようで即ダイヤルしたのでしょう、今までで私のことを一番喜んでくれた方でした。
リタイアしてから、是非もう一度お会いしたい方々の中では最上位の方でした。
喪中挨拶状を頂いて、私にとって一番偉大な方であったと再認識したものです。
89歳、安らかに眠って下さい !!

 ブログでは自慢話しはブロガーの皆さんに嫌われそうですが、自分のことまで入れないとこの上司のことが全て語れませんでした。
なにとぞご容赦下さい。
 
 私の父は私が高3の時に49歳の若さで虹を渡りました。
大人になる寸前の大事な時期、社会人として男として何一つ父から教えを乞うこともできず。
少し父をダブらせていたかも。
 
では今日も一日楽しく過しましょう !!
最後までご精読頂き感謝です。
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コメント

コメント(10)
No title
おはようございます。

私も同様の先輩がいます。
海外での管理を、日本から厳しく指示してくれたり、困った時にはしっかりとフォローしてくれたり・・・
ともに退職していますが、時折、電話で近況を話します。
久しく顔を見ないので、ドライブがてら出かけてみようかと思いました。

阿光

2016/12/03 08:44 URL 編集返信
No title
おはようございます やまちゃん

素晴らしい上司に恵まれていたのですね。
その方の期待に、次々と応えるやまちゃんも素晴らしい。
人の上に立った時、優しく甘いばかりでは部下からの
信頼は受けられない。
厳しく、自分も部下も律することで信頼を得られるのでしょうね。
やまちゃんはこのような上司に恵まれて、十二分に力を発揮できたんですね。

ヤスミン

2016/12/03 09:18 URL 編集返信
No title
おはようございます。
大切な方を失くされましたね。
やまちゃんの貴重な体験に気軽にはコメントできませんが、
「人生は出会いで決まる」と言う言葉を思い出しました。
やまちゃんの誠実さ、能力が充分に発揮できましたね。素晴らしいです。

希望

2016/12/03 09:29 URL 編集返信
No title
送り人を出すことは悲しいけれどご高齢で長寿を全うされたことは
喜んであげるべきこと?
確かに、自分をここまで育ててくれた社会の恩人は数ありません物ね
婆自身やまちゃんのブログを読んであの上司から言われた事まだやっているわ~~。ありますね。羨ましいな~~そんな上司のもと仕事で来たの。婆たちの時代は女は嫁に行くまでの花嫁修業?腰掛け程度にしか扱ってもらえず随分反発しましたね。女だから~~女だから~~~損な時代に居たものです。今でも多少ありますが・・・。
出過ぎては打たれる存在の婆です。
ちなみに婆の父親は中学一年生の6月に40の声を聞かずに虹の向こうの人になりました。母は92才父の分まで生きて行きました(笑)
元気出しましょう。やまちゃんもきっと部下の方から同じように思われていますよ^^^^^^^

cosmos1019jp

2016/12/03 10:15 URL 編集返信
No title
♪ 阿光さま ♪

海外滞在中も日本から多々サポートして頂けたことは心強いですね。
私が本社に転勤になってからは、昔の上司とは年賀状のみのお付き合いになってしまったのです。
元気な間にその先輩さまに常々会われた方が良いでしょうね。
私の場合は、ドライブがてらとはいかない超遠距離でしたから。
コメント有難う御座いました。

やまちゃん

2016/12/03 16:22 URL 編集返信
No title
♪ ヤスミンさま ♪

今の時代では無理かもしれません。
精神論だけで仕事が出来る訳ではないと(笑)。
さて、私はそれなりの部下を育てることが出来たか?
八方美人の上司の下には部下は育ちません。
十二分に力を発揮できたか否か、いずれ部下が退職する頃に判るものかも(爆)。
自慢話が入ってしまいましたが、そこまで入れないとこの上司のことが全て語れなかつたもので申し訳ありません。
コメント有難う御座いました。

やまちゃん

2016/12/03 16:23 URL 編集返信
No title
♪ 希望さま ♪

まさに私の人生は、この上司に出会って決まったかも。
ただ、私が本当に十二分に力を発揮できたか否か、いずれ部下が退職する頃にならないと判るものではないかも・・・・(笑)。
自慢話が入ってしまいましたが、そこまで入れないとこの上司のことが全て語れなかつたもので申し訳ありません。
ただ一つ言えることは、私の場合は家庭人としては失格だったかも(爆)。
コメント有難う御座いました。

やまちゃん

2016/12/03 16:23 URL 編集返信
No title
♪ cosmos1019jpさま ♪

世の中、順繰りです。
はたして私が本当に十二分に力を発揮できたか否か、いずれ部下が退職する頃にならないと判るものではないかも・・・・(笑)。
自慢話が入ってしまいましたが、そこまで入れないとこの上司のことが全て語れなかつたもので申し訳ありません。
今でもまだまだと言えますが、昔は女子社員の能力に期待する環境が整っていませんでした。
所詮は総合職のみと言ったところでした。
私の母は76歳まででした、せめて80歳まではと思っていましたが。
父の年齢は軽く超えましたが、今の健康状態からすると母の年齢を超すのも難しいかも・・・・近頃つくづく思うことです(笑)。
コメント有難う御座いました。

やまちゃん

2016/12/03 16:24 URL 編集返信
No title
素敵な上司の方と巡り合いがあったんですね。
そのチャンスを物として精進され、
それを評価して頂き、
大変だったけど、有意義な時間を過ごされたと思います。
人との巡り合いは誰にもあるはずですが、
それをチャンスとしてつかめるのは一握りの人だと。
でもその陰には努力が在っると私は信じてます。

ユーチャン

2016/12/03 16:35 URL 編集返信
No title
♪ ユーチャンさま ♪

これぞ人生の出会いだったのでしょうか。
東京に出てきてからは、賀状のみのお付き合いになってしまいました。
もと上司が亡くなって初めて感じた私にとっては偉大な人であったこと。
こうなる前に矢張り無理してお会いしておけば良かったと。
コメント有難う御座いました。

やまちゃん

2016/12/03 17:38 URL 編集返信
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